芝蘭会の同窓の皆様、新年おめでとうございます。年頭にあたり皆様のご多幸、ご健勝をお祈りします。以下に、京都大学医学部・医学研究科の最近の活動をご報告し、新年のご挨拶に代えたいと思います。
初期研修の実施により医学部卒業生の大学離れが進んでいることは新聞等の報道でご承知のことと思います。このため、各地の医学部、医科大学では大学院生の定員割れが続出していると聞いています。幸い、12月に行われた本医学研究科博士課程の合格者発表では、医学6専攻 171名、医科学専攻博士後期課程6名、社会健康医学系専攻12名と昨年同様の合格者を見ました。これは、上記の状況にあっても、医学研究に志す若者が存在すること、京都大学医学研究科が彼らを引きつける求心力を有していることを証するものとして心強く思った次第です。私どもは、本研究科をより魅力あらしめるため、大学院改革を行っております。これは、従来の6専攻を医学専攻一つに改め、また、従来の所属分野での活動に加え、講座・分野横断的な12のコースを設けて、大学院生と指導教員が共通のトピックスを基礎、臨床を問わず議論できる場を提供しようというものです。これにより、深い専門性とともに広い視野をもった医学者の育成を期しております。また、大学院の新しい活動として、ナノメディシン融合教育ユニットの立ち上げを報告しなければなりません。これは、医学研究科、工学研究科、再生医科学研究所の3部局が力を出し合って、バイオナノマテリアル、ナノデバイス、生体イメージング、生体機能シミュレーションの新興4分野で人材養成を行おうというものです。対象は大学院生のほかに社会人があり、社会人1期生が昨年秋に入学して新しい分野の開拓にあたっています。京都大学は総合大学ですが、これまでともすると単科大学の集まりの感がありました。今回のような学部の壁を越えた活動が新しい科学、技術の創成に結びつくことを期待しています。
さらに、医学研究科では、これまでの伝統ある基礎研究に加えて、臨床をベースにした科学の発展に力を入れていこうとしていますが、この方向に沿った活動の一つが、滋賀県長浜市との間で進めている「楽生楽土ながはまプロジェクト」です。これは、様々なプロジェクトを含んでいますが、核になるのが長浜市を中心として1万人のコホートを形成し、疾患の発症における遺伝的感受性と環境・生物学的要因との相互作用を明らかにしようという計画です。これにより様々な病気の発症機構について示唆が得られ、地域住民のみならず我が国の健康づくりに役立つと考えられます。このプロジェクトには臨床各分野より多くの提案が寄せられ、この熱意がうまく結実することを願っています。また、私は、会長就任の挨拶で、附属病院で推進すべき活動として、先端先進医療と探索臨床の2つを挙げました。本学では、2001年4月に探索臨床のために附属病院に探索医療センターが設けられました。昨年、このセンターの指導で2つの医師主導治験が開始されました。私もその一つに関与する機会があり、アカデミア独自で治験を行うためには、治験のノウハウと膨大なペーパーワークに精通した人間集団と治験の各段階でこれらの集団が遵守すべき標準手順の整備が必要なことを実感しました。幸い、探索医療センターのこれまでの活動で、京都大学にはこのような人材と体制が着実に育っているこが分かりました。おそらく日本で医師主導治験が遂行できる唯一の機関でないかと考えております。
以上、述べてきましたように、京都大学医学部・医学研究科は様々な活動を展開していますが、問題が無い訳ではありません。一番大きな問題は、運営交付金の削減による人件費の圧縮です。これは大学全体の問題ですが、既に現在の人員数を維持することが困難になりつつあります。大学の一番の財産は、人材であり、その責務は才能のある人材に場所を提供し、個々人の自由な発想に基づいた研究を自在に展開させることにあります。大学は、できるだけ多くの人材を確保する必要があります。運営費の削減は、この基盤を浸食しつつあります。私どもは、この現状を外部資金の導入と大学での雇用システムの改革により切り抜けたいと考えております。また、もう一つ、大きな問題は、専門医制度と大学院の調和の問題です。実際の臨床の場では、より優れた臨床能力をもつ医師が希求されており、それを制度的に保証するものとして専門医制度が発達してきました。専門医資格取得には、数年の経験が必要とされていますが、初期研修制度の導入により今まで以上に取得までの年数が延びるに至っています。将来的には、この研修年限の延長が、私どもの大学院であっても入学者の減少に繋がることも予想されます。一方、これまでの京大卒業生がそうであったように、大学院での研究の経験は、同じく患者さんを診るにも深い洞察力を与えるものと考えられます。私どもとしては、京都大学に来た学生が、専門医としての診療能力と大学院での研究体験の双方をより能率よく身に付けるシステムを構築するべく努力するつもりでおります。これにあたっては関連病院のご協力を仰がなければいけない状況もでてくると考えております。今後とも、芝蘭会の同窓の皆様のご指導、ご鞭撻をお願いする所以です。
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